奈良市 興福院の鬼瓦

興福院(こんぶいん)
尼寺です。創建については複数の説があり、沿革ははっきりしません。
寺はもと添上郡興福院村(現在の近鉄尼ヶ辻駅近く)にあり、現在地に移ったのは近世のことです。寺伝では天平勝宝年間(749~757年)、和気清麻呂が聖武天皇の学問所を移して創建し、弘文院と称したといいます。古くは興福院、弘文院の2つの寺号が用いられ、本尊は薬師如来でした。
現在残る本堂、客殿、大門は寛永年間の建立で、徳川家綱代の(寛文5年(1665年))に現在地の法蓮町に移転、移築されました。
大門から入ると、庭の先、中門の奥に本堂があり、本堂と渡り廊下で結ばれた客殿(重文)があります。大門は寛永年間建立の四脚門です。
2016年10月に参詣した時には、「当分の間、拝観おことわり」と貼り紙されていました。

鬼瓦写真集と紹介記事のサイトです