奈良 明日香村 向原寺の鬼瓦

向原寺(こうげんじ)の境内地は、百済から日本へ献上された仏像を蘇我稲目が祀った「向原(むくはら)の家」の故地とされ、7世紀には推古天皇の豊浦宮や日本最古の尼寺である豊浦寺が営まれたとされます。
現在の向原寺周辺には豊浦寺の遺構が残っており、1957年以降の発掘調査で、塔、金堂、講堂の跡が検出されました。
しかし、寺跡には民家等が建て込んでおり、伽藍の全容の解明はこれからの課題です。
1985年の発掘調査では、現向原寺境内から豊浦寺講堂跡と推定される版築の基壇が検出され、この基壇の下層には石敷と掘立柱建物の跡が確認され、豊浦宮の跡に豊浦寺が建立されたとする『元興寺縁起』の説が裏付けられました。
豊浦寺のころには、屋根はまだ瓦ぶきではなかったと思われます。鬼瓦出現以前、いや瓦がまだ普及していない頃の寺院です。
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