奈良 高取町 壺阪寺の鬼瓦

壺阪寺(つぼさかでら)(南法華寺)
『枕草子』で清少納言が「寺は壷坂、笠置、法輪…」と霊験の寺の筆頭に挙げている大寺です。目の観音様といわれる十一面千手観世音菩薩が本尊で、多くの参拝者が訪れます。創建は大宝3年(703)年。

明治の初め、盲目の夫沢市とその妻お里の夫婦の物語、人形浄瑠璃『壺坂霊験記』が初演され、歌舞伎、講談、浪曲となり、寺は有名になりました。また「さよ姫伝説」でも知られています。

本堂は八角円堂で、江戸時代の再建ですが、創建時のものは国内初の八角堂らしい。発掘調査で基壇は創建当時から八角形であったことがわかり、そこから出土した瓦は白鳳時代のもので、藤原京の本薬師寺で使われていた瓦と同じであるとされます。
法隆寺の夢殿(聖徳太子の廟所)、興福寺の北円堂と南円堂、奈良県五条市の栄山寺円堂(国宝)などと同様に、この八角円堂は持統天皇の霊を弔うための建立でしょう。
国重文の三重塔は、明応6年(1497)再建です。塔の前に「まよけばし」という朱塗りの橋があり、その前に鬼の民芸品の山がありました。遊び心に心もなごみます。
ここでの新登場は二つの仏像の腹にある鬼面。立川武蔵氏が『聖なる幻獣』(集英社新書)で「鬼瓦のもとになったのでは」と紹介している古代インドのキールティ・ムカ(サンスクリット語で「誉れの顔」)。詳しくは別項(投稿)で説明していきます。

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