奈良 広陵町 百済寺の鬼瓦

歴史のある名刹ですが、三重塔と小さな本堂を残すのみです。本堂は大織冠と呼ばれ、方3間単層入母屋造で、内陣に本尊の毘沙門天があるとの説明板がありますが、拝観できるような状態ではありません。庫裏と思われる建物の山門に、草に囲まれた鬼面文鬼瓦がありました。
三重塔は鎌倉中期の建立で国重文。昭和5年、解体修理されました。
伝承によれば、この寺は聖徳太子建立の熊凝精舎を引き継いだ百済大寺の故地だといいます。百済大寺は7世紀前半に創建された官寺で、再度の移転・改称の後、平城京に移転して南都七大寺の1つ、大安寺となりました。
しかし、ここの「百済」の地名が古代から存在した証拠がないこと、付近から古代の瓦の出土がないこと等々から、この地に百済大寺があったことは疑問視されていました。1997年以降の発掘調査で、桜井市吉備の吉備池廃寺が百済大寺であった可能性が高くなっているそうです。

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