奈良 橿原市 久米寺の鬼瓦

畝傍山(うねびやま)の南に位置する仁和寺(にんなじ)別院の真言宗のお寺です。
本尊は薬師如来坐像で、眼病に霊験あらたかだと言われます。というのも、聖徳太子の弟、来目皇子(くめのみこ)が幼い頃眼病で両目を失明、聖徳太子のお告げにより薬師如来に祈願したところ治ったため、この寺を創建したというのが、『和州久米寺流記』です。
一方、久米仙人が創建したとするのが『扶桑略記』や『今昔物語集』です。久米仙人は葛城の里に生まれ、吉野山麓の龍門ヶ獄(りゅうもんがたけ)で神通飛行術を会得し、空中を自由に飛べるようになりました。ある日、川で洗濯している美しい女性の白いふくらはぎに目がくらみ、神通力を失って空から墜落しました。
久米仙人はその女と結婚、俗人として暮らしていたところ、時の天皇が遷都(他説では東大寺大仏殿造営)を行うことになり、久米仙人は工事の労働者として材木を運んだりしていましたが、「お前も仙人なら、仙術を使って材木など一気に運んでしまったらどうだ」とからかわれて一念発起、7日7晩祈り続けて仙力を回復し、彼の仙術で山にあった材木が次々と空へ飛び上がり工事現場に飛んで行ったのです。喜んだ天皇は久米仙人に免田30町を与え、これによって建てたのが久米寺だというのです。

伝説の真偽はともかく、いまはあまり広くない寺域に懐かしさを覚えながら、5度目の参詣をしました。鬼たちは、本堂(寛文3年(1663)建立)、鐘楼、観音堂、地蔵堂、山門などから歓迎してくれました。京都の仁和寺から移築された多宝塔(重要文化財)には、鬼は住んでいませんでした。

鬼瓦写真集と紹介記事のサイトです