愛知県 豊明市 曹源寺の鬼瓦

曹源寺(愛知県豊明市)を2016年5月、初めて訪ねました。鎌倉時代(700年程前)開闢されたと伝えられる寺です。
本堂の唐破風に腰掛けるような、この日本で唯一と思われる大胆なポーズの鬼瓦に出会って、「腰かけ鬼」とでも名付けようかと思いながら、写経所におられた職員にお聞きしたら「何もわからない。住職に聞いてほしい」とのことでした。撮影した後、住職がお帰りになるのを約1時間お待ちして、現在の二十六世住職にお会いできました。
「あの唐破風の上の鬼瓦、大きく足を広げていて、とても珍しい形ですが、何かいわれがあるのでしょうか」「いや、特にいわれはないです」「いつごろのものですか」「20年、いや21年前のものかな」「住職さんが特注されたのですか」「いや、別に。まかせてあったから。風神、雷神をモデルにしたとかいう話はきいたが」「鬼師はどちらの方ですか」「高浜の瓦職人さんですな」「あの鬼瓦、特に呼び名がありますか」「特別、無いな」

いわれも呼び名もないと聞いて、何だかがっかりしました。でも、これはごく普通のこと。これまで無数の寺院で鬼瓦撮影をして、珍しい鬼瓦に出会うたびに住職さんに質問をしてきましたが、自分の寺の鬼瓦に関心を持っている住職は50人に1人いるか、100人に1人いるかという程度でしたから。住職は「脚下を観よ」という仏の教えに忠実で、「上を観よ」という習慣がないのでしょう。風変わりで、まさに堂々たる「腰かけ鬼」を創作した愛知県高浜市の鬼師に、拍手喝采をお贈りいたします。
この寺は、永禄3年(1560)の “桶狭間の戦い”で今川義元をはじめ多数の死者が戦場一帯に放置されていたのを、村人を指揮して収容して葬り、今日まで回向供養し続けていることで知られます。
また、知多四国八十八ヶ所霊場の1番札所で巡礼のスタート地点でもあり、年間10万人ほどが参拝するそうです。文化6(1809)年、妙楽寺(79番)住職亮山阿闍梨が、お大師さまの夢告により発願。四国に巡拝を重ね、知多四国霊場を開創したそうで、全行程は194㎞あります。
私も、四国霊場88か所を結願して『鬼瓦お遍路―四国霊場88か所写真紀行』(幻冬舎ルネッサンス) を著わしただけに、食指を動かしましたが、いろいろ検索したところ、鬼面文鬼瓦のある寺院はごく僅かだとわかり、体力が少ないことからもあきらめています。

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