鬼さんこちら 14 埼玉県 行田市 遍照院(へんじょういん)

寛仁年間(1020)の草創といわれる古刹で、寺領25石を与えられた御朱印寺です。もとは山城国(京都)醍醐三宝院末で、御室御所仁和寺の檀林となりました。              (埼玉県 行田市 遍照院山門 西)

奥州の平泉城主藤原秀衡が、守り本尊の薬師如来に心願を立て祈ると快癒し、その薬師如来像を牛車に乗せ向わせたところ当地で牛が亡くなったため、仏縁の地として創建されたのが、埼玉県行田市の薬師堂といわれます。1604年(慶長9)には徳川家康より薬師堂全体に25石の御朱印地を拝領、多くの塔頭、末寺を擁しました。真言宗智山派に属し、総本山は京都智積院です。         (埼玉県 行田市 遍照院山門 西南降り鬼)            (埼玉県 行田市 遍照院山門大棟 西 )         (埼玉県 行田市 遍照院山門 北東降り鬼)

薬師堂をはじめとする七堂伽藍は1590年(天正18)の石田三成の忍城水攻めの際、兵火によって焼失し,その後、1793年(寛政5)に江戸時代の技法をこらした総けやき造りの薬師堂が再建されました。また、本尊の薬師如来座像は行基菩薩が彫刻したものとされ、像高86センチ桧木の寄木造り二重円光飛天光背、平安後期中葉(1100)の製作と推定され、温容端麗な藤原仏の代表作とされます。             (埼玉県 行田市 遍照院本堂大棟南 )           (埼玉県 行田市 遍照院本堂玄関全景)            (埼玉県 行田市 遍照院本堂玄関正面 )

(埼玉県 行田市 遍照院本堂玄関正面)

境内にはウメ、サクラなどの花木をはじめ、シイ、ケヤキなどの大木のほか、カエデの木も多く、いかにも古刹らしい趣です。4月半ばからのボタンはなかなか見事。10月末~11月半ばの紅葉では、イロハモミジ(タカオモミジ)やイタヤカエデもあって、鬼たちも息をのむほどです。