鬼さんこちら 13 埼玉県 児玉町 玉蓮寺・八幡神社 板碑研究の千々和実先生

埼玉県児玉町の鎌倉街道上道はJR八高線児玉駅前の街中を通っています。玉蓮寺と、隣の八幡社が、寄ってみたい所です。              (埼玉県 児玉町 八幡神社 神門)

東石清水八幡宮は源頼義、義家親子が奥州征伐に向かう際、この地に立ち寄り、帰陣の折り、再びこの地に立ち寄り社殿を建立したことから始まると伝えられます。境内には江戸時代の高札場跡があります。現在の建物は本殿・幣殿・拝殿が連結した複合社殿です。              (埼玉県 児玉町 八幡神社 神門)               (埼玉県 児玉町 八幡神社 神門 )

(埼玉県 児玉町 八幡神社 神門)

八幡社の隣りが玉蓮寺(ぎょくれんじ)です。
玉蓮寺前の右手の一角に日蓮上人御足洗の井戸と呼ばれる井戸があります。1271年(文永8)に佐渡に流罪となった日蓮上人は鎌倉から鎌倉街道上道を通りここまでやって来ました。その折りに、この土地に館を構える児玉六朗時国が彼の邸宅を日蓮上人の宿として提供、上人はこの井戸で足を洗ったと伝えられます。

             (埼玉県 児玉町 玉蓮寺 本堂正面)

上人は赦免されて鎌倉に帰る途中に再びここに立ち寄りました。時国は上人入寂後、家の傍らに草堂を建て、自ら日蓮の像を刻み、1281年(弘安4)、邸宅を持仏堂としたのがこの玉蓮寺なのだそうです。             (埼玉県 児玉町 玉蓮寺 本堂全景)

玉蓮寺を有名にしているのは板碑(いたび)群です。本堂裏手の墓地に高さ2メートルもある板碑があります。釈迦如来を示す梵字、1304年(嘉元2)の紀年銘が刻まれている釈迦一尊種子板碑で、貴重な文化財です。手前に阿弥陀三尊種子の小板碑が二基、向かって左奥に改刻題目板碑、左端に元徳二年銘板碑、右奥に阿弥陀一尊種子板碑が立っています。           (埼玉県 児玉町 玉蓮寺 本堂大棟西)

板碑の研究で優れた業績を残された著名な学者の一人は、千々和(ちぢわ)実先生です。『武蔵国板碑集録』雄山閣出版 1972、『上野国板碑集録』西北出版 1977、『高山彦九郎全集』高山彦九郎遺稿刊行会1943-1978など、多くの出版をされました。

千々和先生は、漢学者だった私の父、富山昇(1944年逝去)と同じ東京文理科大学卒業で、群馬県師範学校教諭を共にされました。父の死は私が小学2年、妹節子は生後9か月の乳飲み子でした。子供4人の母子家庭で必死で生きていた私たちを何かと激励してくださり、姉や私の就職先探しなどでもご尽力くださったと記憶しています。1967年、東京学芸大学教授を定年退官されたあと、都留文科大学教授、上武大学教授などを務められました。

これらの写真は1989年10月24日に撮影した写真です。屋根も鬼瓦も取り替えられているかもしれませんが、ご容赦ください。