鬼さんこちら 9 茨城県 結城市 弘経寺

弘経寺(ぐぎょうじ)は、1414年(応永21)嘆誉良筆上人によって開創された浄土宗のお寺です。ここは昔、下総国相馬郡大鹿村で、人家も無い山中に飯沼の弘経寺の隠居所として建立された草庵であったといわれています。

(茨城県 結城市 弘経寺 山門全景 )

浄土宗の関東18壇林(僧侶の養成機関、仏教宗派の学問所)のひとつとなり、室町時代には関東浄土宗の中心寺院として栄え、多くの学僧を世に送った有力寺院でありました。家康の御朱印寺となったこの寺には、俳人「砂岡雁宕」の墓のほか,滞在時に書いた襖絵や句碑も残されています。県指定文化財として、絹本著色当麻曼荼羅、絹本著色襖絵(与謝蕪村筆)があります。          (茨城県 結城市 弘経寺 山門 大棟西 )

千姫の御殿を移築した壮麗な大方丈は1906年(明治39)に惜しくも灰燼に帰しますが、天樹院殿御廟(千姫の墓所)や遺品は、往時の風格をいまに伝えています。

         (茨城県 結城市 弘経寺 本堂南西1・2鬼)

寛永年間と天明年間の二度、諸堂を消失、その後もアジア太平洋戦争直後の昭和22年に不慮の火災により明治以前からの伽藍が一朝にして灰燼に帰しました。しかし檀信徒などにより、昭和24年に本堂兼客殿、昭和47年に新本堂、平成2年に鐘楼門、平成14年客殿、庫裡が復興しました。         (茨城県 結城市 弘経寺 本堂南西降り鬼)

境内には本堂、客殿、鐘楼門のほか英霊観音堂、大師堂、白山神社が建っています。夕焼け空を背景にした本堂の情景は極楽浄土を思わせるほど美しいと言われています。住んでいる鬼たちはみんな、昭和以降の生まれの若造ばかりです。             (茨城県 結城市 弘経寺 本堂全景)

なお「弘経寺」は茨城に3か寺あり、結城市のほか、取手市白山弘経寺、常総市飯沼弘経寺があります。