鬼さんこちら 5 愛知県名古屋市 誓願寺(せいがんじ) 頼朝の生誕地

名古屋市熱田区の誓願寺(せいがんじ)は浄土宗の寺院。源頼朝の生誕地としても知られます。
でも、私にとっては、技術的に水準の高い見事な造作の鬼面文鬼瓦の数々が、とても魅力的で、見過ごすことのできない「鬼の栖み家」です。なのに、残念ながら、次の出版予定の『写真集 鬼の栖む風景 百景』からは、こぼれてしまいました。       (愛知県 一宮市 誓願寺 鐘楼 全景 )     (愛知県 一宮市 誓願寺 鐘楼 大棟南 )

平安時代末期、源義朝の正室となった藤原季範の娘由良御前は身ごもって熱田の実家に帰り、この別邸で頼朝を生んだといわれます。       (愛知県 一宮市 誓願寺 鐘楼 南西)        (愛知県 一宮市 誓願寺 鐘楼 南東 )

きよめ茶屋のあった位置に、平清盛へ幼い頼朝の助命を嘆願した池禅尼の「池殿屋敷」があったと伝えられています。   (愛知県 一宮市 誓願寺 大門(山門)大棟南 )

豊臣秀頼の命で再建され、代々の尾張藩により信仰されてきました。また、松尾芭蕉も熱田神宮訪問の際、自ら言い出して熱田にある景清社と誓願寺に訪れたといいます。       (愛知県 一宮市 誓願寺 本堂 全景)

1945年(昭和20)の米軍空襲により、誓願寺は本堂などが炎上し焼失。源頼朝誕生地である樹木に囲まれた頼朝祠や頼朝公産湯ノ井戸がありましたが、やはり空襲で破壊され焼失しました。      (愛知県 一宮市 誓願寺 本堂 大棟南 )

頼朝(1147~99)は義朝の三男、熱田神宮の宮司(藤原季範)の娘由良御前を母として生まれました。母の実家の身分が高かったことにより、頼朝は早くから源家の嫡子として育てられます。       (愛知県 一宮市 誓願寺 本堂 南西)

熱田神宮西門向い側の誓願寺付近一帯は、平安時代末から鎌倉時代まで熱田大宮司家の下屋敷があり、邸内にあった池の水を汲んで頼朝の産湯に用いたと伝えられています。

(愛知県 一宮市 誓願寺 本堂南東1鬼)

戦後同寺が再建された時、頼朝誕生の伝承を惜しむ人々によって池跡に源頼朝公産湯ノ井戸が設けられたものです。
当時大宮司家の人々は、実務を権宮司家の尾張氏に任せ都に住んで官人として生活していましたから、源頼朝の出生地については京都と考える方が自然のようですが、熱田説、京都説どちらとも断定はできないようです。