鬼さんこちら 3 愛知県あま市 光明寺 秀吉ゆかり?

愛知県の西部、あま市の寺院といえば、甚目寺が有名ですが、名古屋から名鉄に乗ってひとつ手前の須ケ口駅で下車し、田舎道を15分ほど歩くと、光明寺がきれいな鐘楼門で迎えてくれます。             (あま市  光明寺 鐘楼門 )

屋根には大きな鯱を伴った鬼がいます。鯱が箱状のものに乗っているのがとても珍しい。          (あま市 光明寺 鐘楼門 大棟南)

この地域の歴史は古く、寺社や史跡が散在しています。戦国時代に活躍した武将である蜂須賀小六正勝、福島正則をはじめ、7人もの大名を輩出した歴史のまちとしても知られています。

(あま市 光明寺 鐘楼門 大棟北)

『太閤素性記』などは、豊臣秀吉が幼少の頃に預けられたと伝えています。
7歳で父と死別した秀吉は、8歳で光明寺に入りますが、すぐに飛び出し、15歳の時、亡父の遺産の一部(永楽銭1枚)をもらい放浪にでたたことになっています。

秀吉が関白になり、小田原の北条氏を降した凱旋の途中でこの光明寺に立ち寄ったところ、光明寺は天下人となった秀吉を大いにもてなします。この時、秀吉が『自分が源氏か平氏の子孫だという系図を作ってほしい』と光明寺に頼みます。さすがに秀吉の氏素性を知っている光明寺だけに、これを断りますが、このため、怒った秀吉にとり潰されてしまったというのです。真偽のほどは……。